ボール遊び自体も楽しいのだろうが

角を曲がって小道に入れば、少しの間、日陰が続く。立派な生垣と数種類の背の高い木が植えられている家の奥からは、朝も夕も耳に心地よいクラシックが流れてくる。

小学生がラジオ体操から戻ってくる頃には、そろそろ暑くなってくる。先の木陰まで歩いて、それから、来た道を帰るこのコースをゆくのには理由がある。

路地に入って数件目の家は、ちょうど私の胸の高さのところに、裏庭のブロック塀とその上の目隠し用のフェンスの間があいている。運が良いと、その隙間から私の大好きなハッピーが鼻先を覗かせて、甘えた声を出す。紀州犬の牡。 3才にもなろうか。私は、彼のあごをそぉっと撫でる。散歩の途中、この簡単な挨拶をするだけ。

ハッピーは、たまに近所の牡犬がそこを通るとワンワンと吠えることもあるが、基本、大人しい優しい気性だ。私が連れて歩くおばあさん犬にも、フェンスの隙間から覗き込んでクンクンと鼻を鳴らす。

ハッピーの家族は彼をとても可愛がっていて、休みの日には家の主人がボールを投げて遊んでやる姿を見かける。ボールを拾って戻ると、ハッピーはご褒美にオヤツをもらえる。美味しいオヤツに目を輝かせ、“早く投げて”と催促しているような素振りを見せることもある。ボール遊び自体も楽しいのだろうが、そこにオヤツのオプションが入ると、やはり、気持ちは上がるのだ。しまいに主人が、「今日はここまで」と終わりを告げる。彼は、オヤツつきの次のボール遊びを心待ちに、1日1日過ごすのだろう。 最近では陽を避けて、彼の居場所が変わるようで・・・いつもの場所にいないことも多い。風通しの良い影のできるところに移動しているようだ。散歩も早朝や夜になったらしい。 会える日は少なくなったけれど・・・ハッピーは名前の通り、最高に幸せな毎日を送っているに違いない。彼に会えた時、真っ黒なその瞳の奥が静かに笑っているのが分かるから。「よしよし、良い子だね。」と彼の頬を撫でると、優しい暖かさが私の手に伝わってくる。 我が老犬は、小休止。さあ、あの角を曲がったら、家まであと少し。 風が草の陰で“おいで、おいで”している。歩こうか。 文: Kiyoko

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